LINKIN PARK(リンキンパーク) チェスター・ベニントンよ、永遠に。

映画「SWAT」「マイアミバイス」「トランスフォーマー」の主題歌を担当してきたLINKIN PARK(リンキンパーク)のボーカル、チェスター・ベニントンが7/20にロサンゼルスの自宅で死去したという悲報が飛び込んできました。

悲報から一夜が明けたので、私が大事にしているこのブログで現在の心境を綴りたいと思います。

私はLINKIN PARK(リンキンパーク)が来日する度にライブへ足しげく通ってきたファンの一人です。2012年にはカリフォルニアのサンフランシスコで行われたライブにも行きましたし、今年の11月の来日ライブのチケットも購入済みでした。

正直まだ気持ちの整理はついていません。

チェスターが死去した日は、2017年5月17日に同じく命を絶ってしまったチェスターの親友、サウンドガーデンのボーカル、クリス・コーネルの誕生日だった7月20日だったことから、クリスの死が関係しているのではと囁かれています。

クリス・コーネルも素晴らし過ぎる才能溢れる最高のシンガーでした。私も大好きでした。
こんな短い期間に才能溢れる2人のシンガーが去るなんて。2017年は呪われているのかと思ってしまいます。


チェスター本人がいない現在、すべてが憶測でしかないことだらけで何を信じたらいいか、まったくわかりません。

ニュースによると自ら命を絶ったとのこと。これも正直信じられません。というより、受け入れることができません。

いまは何を聞いても信じられません。チェスターがいないなんて。

 

どうしてこんなことに。

 

そんなことばかり頭を駆け巡ります。

LINKIN PARK(リンキンパーク)の2000年の衝撃デビューから実に17年。「ハイブリッド・セオリー」の頃からずっと応援してきました。

ハイブリッド・セオリー

LINKIN PARK(リンキンパーク)のデビュー後の存在感と音楽性は社会現象になり、多くの人がその斬新な音楽に夢中になりました。

国問わず、ミュージシャン達に多大な影響を与え、他バンドの音楽の方向性がまるっきりLINKIN PARK(リンキンパーク)っぽくなったのを本当に多くみてきました。一人のボーカルスタイルからラップとボーカルのコンビネーションにバンドを編成したバンドももちろん存在した。

それほど、LINKIN PARK(リンキンパーク)の影響は本物でした。誰もがマイク・シノダのようなラップとスタイルに憧れて真似たし誰もがチェスターのハイトーンボイスとシャウトを崇拝し、どっぷりハマっていた

あの6人がオリジナル。誰も真似ができないスタイルはもちろん健在だ。


チェスターは本当のインフルエンサーであり、カリスマであった。

こんな多彩な歌声を持った人はそういない。


2017年の5月の写真。こんな自然な笑顔をするチェスターが去ったなんてとても信じられない。


心無い人たちは「ドラッグやってたんでしょ?」なんて言って片付けようとする。

現役のファンやLINKIN PARK(リンキンパーク)を聞いて育った人たちにとっては身内を亡くした程の悲しみだということを、どうか理解してほしい

チェスターのことで一番つらいのは家族(妻と子供たち)とLINKIN PARK(リンキンパーク)のメンバーだ。

特にマイク・シノダと仲がよかったからマイクのこと、本当に心配です。


 

チェスターはカリスマでした。

さよならは言えないし、言いません。


LINKIN PARK(リンキンパーク)が、チェスターが我々に残してきたものは唯一無二の宝物です。

どうか、安らかに。

Sponsored Link

ABOUTこの記事をかいた人

南米のペルー生まれ・沖縄育ち。幼少の頃にアメリカのテレビシリーズ「特攻野郎A-TEAM」を見て育つ。4歳の頃の夢が警察官だったほどアメリカの刑事ドラマが好き(FBI、CIA、LAPD、NYPD)。このブログでは海外ドラマのロケ地レポをはじめ、海外ドラマに関する記事をアップ中。フルタイムの仕事とアメリカのオンライン大学も受講中なのであわただしい毎日を送っていますが楽しくやってます。